1 法律英語特有の慣用表現(その1)
法律英語は、とかく素人には分かりにくいものとされています。古語や外来語が多いことのほか、ごく普通に用いられる英単語も、法律英語として用いられる場合には特別の意味を付与されることがあるので注意が必要です。例えば、“action”は「行動」ではなく「訴訟」と、“avoid”は「避ける」ではなく「無効にする」と、“consideration” は「考慮」ではなく「対価、約因」と 、“hand” は「手」ではなく「署名」と、“instrument” は「道具」ではなく「証書・文書」と、“of
course” は「もちろん」ではなく「権利の問題として」と、それぞれ訳します。 ラテン語がそのまま使用されることも多く、“ab
initio”(当初から)、“bona fide”(善意の)、“damnum”(損害)、“et
al.”(その他)、“in invitum”(承諾なくして)、“in re”(に関する)、“inter
alia”(とりわけ)、“pro
rata”(案分に、比例して)などは、よく目にするものです。
2 法律英語特有の慣用表現(その2)
法律英語では、ラテン語系の単語とゲルマン系の単語を併記して使うこともよく行われます。英国では、1066年のノルマン人の征服以降13世紀半ばまでの時期、ノルマンフランス語が公用語とされ(法廷で使用される用語や法律用語もすべてこれによることとされました)、本来の英語は、下層階級の通俗用語とされました。このような歴史を受けて、いずれの階層に属する人々にも理解できるようにとの配慮から、このような複数言語の併記が行われるようになったといわれています。
その主な例として、“act and deed”(行為する)、“authorize
and empower”(授権する)、“covenant and
agree”(合意する)、“good and
chattels”(動産)、“keep and
maintain”(を維持する)、“made and entered
into”(作成・調印した)、“null and
void”(無効の)といった表現をあげることができます。
3 “Contract”と“Agreement
”の違い
この両者を明確に区別することなく同義語として用いるのが通常ですが、厳密には、両者は区別されます。すなわち、“Agreement”は、二人以上の当事者間に締結された合意一般を指すのに対し、“Contract”は、「二人以上の当事者間に締結された法律上強制可能な合意」と定義されます。つまり、二人以上の当事者間に締結された合意一般が“Agreement”であり、それに更に「法律上強制可能な」(enforceable by law)という絞りをかけたものが“Contract”というわけです。
4“companyと“corporation”の違い
“Corporation”は「会社」(或いは法人。特に米国では「会社」という感覚が強い)を意味するのに対し、“company”は、“corporation”の他、商業活動を目的とする“partnership”や法人化されていない集合体“joint stock company”なども含むより広い概念として用いられます。
5“ratio decidendai”と“obiter dictum” の区別
英米法のもとで判例を扱う場合、先例拘束性がどの範囲まで及ぶかは重要な問題であり、その手がかりとなるのがこの二つの対概念です。“ratio decidendai” (レイシオ デシデンダイ)とは、“the reason for the
decision”を意味するラテン語で、裁判官が事件につき判断し述べる意見のうちで判決の結論を導く基礎となった部分を意味し、「判決理由・主論」と訳されます。他方、“obiter dictum” (オバイタ ディクタム)も、同じくラテン語で、判決文中の“ratio
decidendai”以外の部分を指すものとして、「傍論」と訳されます。判決文中、前者の部分は先例拘束性が認められるのに対し、後者の部分は先例拘束性が認められません。英米法のような判例法主義の法制度の下ではこの両者の区別は重要です。
6「の」の表現
日英翻訳をしていると、名詞どうしをつなぐ「の」の表現にどの前置詞を使うか迷うことがあります。下記の8つの事例は、いずれも「の」の表現に異なる前置詞を使用するものです。“of”の守備範囲は意外に狭く、むしろ“in”“on”“for”を使用する場合が多いようです(大修館書店、根岸裕著「新聞記事翻訳の現場から、和英翻訳ハンドブック」236頁以下を参照)。
@禁止条項の見直し→a review
of the ban A高い金利の預金 →a deposits at
higher interest rates BA社の持ち株会社→a holding company
for Co. A C中間期の売上高 →sales in the
interim period D保険料の割引 →discounts
on insurance premiums E震災の復興需要 →demand
from post-quake projects
F株主の出資金 →contributions by
stockholders G社長の後継者 →the successor
to the president
|